50dBの世界 難聴者が難聴について語る

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幼児期の補聴器

名前 ... なかむら
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なかむらです
悩みではありません
参考に教えてください

我が子(3歳10カ月)は補聴器の必要性をまだ認識していません
平日は幼稚園で30~60分、自宅でも60分程しか着けません
休日は楽しく遊んで着けてることを忘れると3~4時間着けることもあります
両親や先生(幼稚園)の勧めで着けます
自ら「着けて」と訴えることはありません

モトキ様の経験談へ質問(覚えていたら…ご回答願います)
1.「自分には補聴器が必要だ」と自覚したのは何歳頃ですか?
2. 長時間着けるようになったのは何歳頃ですか?
  例えば朝(登校前)~下校・就寝前まで着けるなど
3. 学校生活では常時装着していましたか?それとも授業中だけとか?
4. モトキ様装着は約30年前ですね?当時はアナログですか?
5. アナログからデジタルに切り替えたのは、いつ頃ですか?
6. アナログからデジタルに切り替えた時、音の違いによる感動はありましたか?
7. 幼児期の補聴器ってどう選ぶ(調整する)んですかね?
  補聴器屋さんの言われるがままですかね?
  自分の意見(聞き取りやすいor聞き取りにくい)言えないですよね…
8. 風が強い時、両手で補聴器(耳かけ)を塞ぐ仕草をします
  風の音?擦れる髪の毛の音?が不快なんですかね?
9. 耳かけ補聴器は小雨でも濡れ防止で外しましたか?

以上です

投稿日時 ... 2011年11月20日(Sun)23時39分 ... (No.9)

Re: 幼児期の補聴器

名前 ... モトキ(管理人)
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なかむら様

返事が遅くなりました…。
当時の状況については私自身どうだったかだいぶうろ覚えなんですね…。それだけ難聴については自覚が薄かったのかも知れません。母親に確認したところ、当時の母の手記を探してくれました。母の手記は私が補聴器をつけ始めた頃から始まっています。昭和55年ということで、5歳の頃からです。「補聴器の装用はうまくいかない、今日も好きなテレビを30分そして本を読んであげたり、その他で1時間15分ばかり装用。お風呂へ入るまで補聴器を外さないでネと強要したがダメだった。(ぼく疲れたよ)が理由」と書いてありました。補聴器を付け始めるのはだいぶ遅かったようです。

当時の補聴器はもちろんまだまだアナログであり、現在私が装用している補聴器もアナログです。次に買い替える時はデジタルを考えています。

幼児期の補聴器の選び方はやはり専門家の意見に従うべきだと思います。私はどうだったか母に確認しましたら、昭和医科大学に通い、そこの先生に補聴器を選んでもらったようです。姉も難聴ですが、姉の場合は通っていた、行政で運営している「聞こえの教室」の先生が選んだらしく、こちらはあまり良くなかったようです。然るべき医療機関の専門の先生に調整してもらった方が良いのかもしれません。幼少期の頃だと、聞こえの度合いのテストなど、本当に大丈夫なのかどうか心配する面もあるかも知れませんね。私の場合ももちろん不安だったらしく、最初は調整がある程度可能なボックス型の補聴器を選んだようです。小学生の途中から耳掛けに代わり、ある程度成長した中学生の頃に耳穴式の補聴器になったようです。

風が強い日は、確かに風切り音がすさまじいです。マイクに息を吹き替えると、ブオオオ!っと音がしますよね?携帯でも息を吹きかけると音がすごいです。それと全く一緒で、補聴器に風がかかると、耳元で風切り音がすごいです。自転車などに乗っていると、ちょっと大変です。そういう場合はニット帽などで補聴器ごと耳をすっぽりおおうと風切り音がしません。

基本的に補聴器は防水でない限り水に弱いのですが、私は雨でも小雨でもずっと付けっぱなしでした。普通に部活をして汗をかいた場合でも付けっぱなしです。壊れやすいのかも知れませんが、さほど心配しなくても大丈夫のようです。何度か水没にも見舞われていますが、じっくり乾燥させて復活させています。アナログだから可能なのかもしれません。今のデジタル式については言及を避けさせていただきます。

母親もやはり私が幼少の頃は悩みの連続だったようです。手記には「死」の言葉もあります。今は「なんであの頃はそんなに悩んでいたのかわからない」と言ってますが、当時は本当に不安だったのでしょうね。近いうち、母の手記もアップ致します。

以上です。ご参考になれば幸いです。

投稿日時 ... 2011年11月23日(Wed)09時49分 ... (No.10)

Re: 幼児期の補聴器

名前 ... なかむら
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なかむらです

お調べくださり、そしてご回答ありがとうございます
5歳から徐々に着け始めたのですね
ということは…幼児語(しゃべり言葉)は裸耳のまま少しずつ覚えたのかな

また、風切り音や水濡れについても分かりやすくご説明頂きありがとうございます

やはり、お母様も当時は悩んでおられましたか…
これはやはり「難聴は想像つかない」からだと思います
自分(親)に経験が無いから「不便な事」「困る事」がどんどん湧いてきます
同時に対処法も経験が無いので、「こんな時はこうすればいい」という解決策も想像つきません
よって解決策の無い悩みが積み重なるだけです
原因不明なので「聴力の衰え(進行)」も不安です

この辺りはモトキ様にだいぶ励まされました
・本人はあまり気にしていない(普段は意識していない)
・不便なことはあるが、その事(難聴)ばかりを考えていない
・周囲の人間(特に家族)が理解してくれれば助かる
などなど…

乙武洋匡さんもHPで『障がい児=「不幸」の烙印を押さないで』と言っています
『生きてみなければ、その人の人生が不幸かどうかなんて、わからないと思うのだ。
どんな苦しい境遇に生まれても、大逆転でHAPPYな人生を歩むことになるかもしれない。
それなのに、生まれた時点で「この子は不幸だ」と決めつけてしまうのは、あまりにもったいない気がしてしまうのだ。』
と、、、、、励まされました

障がいを気にするか?気にしない性格にするか?
これは親の育て方が大きな影響を及ぼすようです
よってモトキ様のご両親の子育て(メンタル面)は成功だったということでしょう!

今現在でも、モトキ様とお姉さまに対する、聴覚への心配度は”0”ではないと思いますが、
お母様が何をきっかけに(子供たちのどんな様子を見て)、徐々に心配が薄らいできたのか…
知りたいですね

私自身も「なんであの頃はそんなに悩んでいたのかわからない」という感情が出てくるを望んでいます
ありがとうございました

投稿日時 ... 2011年11月23日(Wed)22時51分 ... (No.11)

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